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浦和地方裁判所 昭和29年(ワ)194号 判決

原告 株式会社山本商会

被告 小泉誠一 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は『原告に対し、被告小泉は金四十一万千九百五十四円、被告榎原は金十六万二千二百六十円、被告稲垣は金二十五万二百三十円、被告永沢は金二十三万千百二円並にそれぞれこれに対する本訴状送達の翌日から右完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。』との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、『原告会社は石炭の販売業を営み、被告小泉は薪炭類の販売業を営む者であるが、(一)原告は、被告小泉に対し、昭和二十八年七月二十六日から昭和二十九年一月四日までの間に別紙〈省略〉計算書(一)記載のとおり石炭を売渡したが、同被告は右代金合計五十二万二千九百五十四円のうち昭和二十八年十月十九日金八万千円、同年十一月十日金三万円を支払つただけで、未だ残代金四十一万千九百五十四円を支払わない。(二)原告は被告榎原に対し昭和二十八年十月二十四日から同年十二月十日までの間に別紙計算書(二)記載のとおり石炭を売渡したが、同被告は右代金合計二十九万二千二百六十円のうち昭和二十八年十一月三十日金七万円、同年十二月三十一日金六万円を支払つただけで未だ残代金十六万二千二百十六円を支払わない。(三)原告は被告稲垣に対し昭和二十八年十月七日から同年十二月三十日までの間に別紙計算書(三)記載のとおり石炭を売渡したが、同被告は右代金合計五十三万二百三十円のうち、昭和二十九年一月三十日金二十八万円を支払つただけで残代金二十五万二百三十円を支払わない。(四)原告は被告永沢に対し、昭和二十八年十月二十八日から同年十二月五日までの間に別紙計算書(四)記載のとおり石炭を売渡したが、同被告は右代金計二十三万千百二円を未だ支払わない。よつて原告は被告小泉に対し金四十一万千九百五十四円、被告榎原に対し金十六万二千二百六十円、被告稲垣に対し金二十五万二百三十円、被告永沢に対し金二十三万千百二円並にそれぞれ右金員に対する本訴状送達の翌日から右完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ次第である。』と述べ、被告小泉に対する予備的主張として、仮に(一)の売買が原告と被告小泉との間に行われたものでないとしても、右取引は訴外矢ノ口卓郎が被告小泉の名義を用いてなしたものであつて、被告小泉は本件取引の当初右矢ノ口に自己の名義を使用して営業をなすことを許諾し、爾後引続いて自己名義を使用することを黙認していたため原告は取引の相手方が同被告であると誤認して本件取引をなしたものであるから、被告小泉は商法第二十三条の規定により本件取引より生じた債務につき右矢ノ口と連帯して原告に弁済をなすべき義務がある。仮に右の主張が何れも理由がないとしても、被告小泉は右訴外矢ノ口が同被告名義を使用して原告と本件取引をしている事実を知りながらこれを阻止することなく取引を継続させたゝめ、原告は同被告を相手方と信じ無資力である右矢ノ口と本件取引をしたので、結局前記残代金に相当する損害を蒙つたものであるが、これは同被告が右のように右矢ノ口が引続いて不法に被告名義を使用して本件取引をしていることを知りながら阻止しなかつたと云う不作為によるものであつて、同被告の故意又は過失によるものであるから同被告は原告に対し前記残代金と同額の損害を賠償すべき義務がある。と、述べた。〈立証省略〉

被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告の主張事実中被告小泉が薪炭類の販売業を営むことは認めるもその余の事実は全部否認する。もつとも被告小泉は昭和二十八年七月二十六日予ねて知合いの訴外矢ノ口卓郎から赤羽駅着の常盤炭一車分について一回だけ荷受人として名義を貸してくれと懇請を受けそれを承諾したことはあるも、右訴外人に対して被告小泉は自己の名義を使用して営業を為すことを許諾したことはない。と述べた。〈立証省略〉

理由

(一)  原告の被告小泉に対する請求に就いて、

成立に争のない乙第一号証の一、二及び証人矢ノ口卓郎の証言並に被告小泉本人訊問の結果を綜合すると、昭和二十八年七月中訴外矢ノ口卓郎は原告と石炭の取引をなすについて、便宜上被告小泉名義を以つてなすことを図り、同被告に依頼した結果、常盤炭一車分に関してのみその荷受人として同被告の名義を使用することの許諾を得たので、右矢ノ口は被告小泉名義で原告と取引をなし、同月二十六日右の石炭が赤羽駅に着荷するや、同被告の印鑑を借受けそれを使用して同被告名義でその荷受をしたが、その後右矢ノ口は被告小泉の印章を偽造し、同被告に無断でその名義を冒用して、原告と同被告名義で本件石炭の取引をしたものであつて、結局原告主張の本件石炭取引は真実原告と被告小泉との間になされたものではなく、原告と訴外矢ノ口の取引であることが認定できる。証人浜口理作、同長野清(第二回)の各証言並に原告代表者山本清一本人訊問の結果中、この認定に反する部分は措信し難く、他にこの認定を覆えすに足る証拠はない。そうすると右の石炭取引が原告と被告小泉との間に真実なされたものであることを前提とする原告の本訴請求は、他の点を判断するまでもなくこの点において失当として排斥を免れない。そこで原告の予備的請求について判断するに、原告は右認定の如き事実関係によるも被告小泉は商法第二十三条の規定の適用により結局責任を免れないと主張するけれども、商法第二十三条の規定は自己の氏、氏名又は商号を使用して営業を為すことを他人に許諾した者の責任に関する規定であるところ、単に一回の取引と限定して自己の氏名、商号の使用を他人に許諾した場合の如きは右に云う営業を為すことの許諾に該当しないから、それによる行為は民法上代理又は表見代理の規定により保護を受けるは格別商法第二十三条の規定の適用を受けない。そうすると被告小泉は右認定のとおり訴外矢ノ口卓郎に対し常盤炭一車分の取引についてのみの荷受人として同被告名義を使用することを許諾したのみで、その名義を使用し営業をなすことを許諾したものではないから、その行為を目して商法第二十三条の適用ありとすることはできない。従つて右の規定の適用あることを前提とする原告のこの点の予備的請求も失当として排斥を免れない。そこで次に被告小泉の原告に対する不法行為に基く予備的請求の点について判断するに、原告は被告小泉が訴外矢ノ口卓郎に最初の一回の原告との石炭取引についてのみその名義を使用することを許諾したのにかゝわらず、その後同矢ノ口が引続いて被告小泉名義を使用して原告と石炭取引をしている事実を知りながら、これを阻止しないで右取引を継続させたため、原告は結局無資力である右矢ノ口と取引をして、その売買代金中その主張のような残代金に相当する損害を蒙つたが、右の損害は同被告が右矢ノ口が不法にその名義を使用していることを知りながら阻止しなかつたと云う不作為による不法行為により生じたものであると主張するも、全証拠によるも同被告が訴外矢ノ口卓郎が不法にその名義を使用して原告と石炭取引をしているとの事実を当時知りながら阻止しなかつたと云う事実を認めることはできないのみならず、反つてその成立に争のない乙第一号証の一、二、及び証人矢ノ口卓郎の証言並に被告小泉本人訊問の結果を綜合すれば、被告小泉が右の事実を知つたのはその取引終了後であることが認められるので、この点において既に原告の右の請求も理由がない、のみならず原告は訴外矢ノ口卓郎に対して右の石炭売買契約が存続する以上それによる代金支払請求権を有して居るものであるから法律上それにより何等損害が発生したと云うことはできないことは明かであるから、この点においても原告のこの予備的請求も失当として排斥を免れない。

(二)  原告の被告榎原、同稲垣、同永沢に対する請求に就いて、

証人小島文吉の証言(第一回)により真正に成立したと認められる乙第二、三号証、同第四号証の一乃至八、被告稲垣本人訊問の結果により真正に成立したと認められる乙第五号証の一乃至二十、被告永沢本人訊問の結果により真正に成立したと認められる乙第六号証の一乃至十、証人川上欽治の証言により真正に成立したと認められる乙第七号証の一乃至五、並びに証人小島文吉(第一、二回)、同矢ノ口卓郎、同川上欽治の各証言、被告榎原、同稲垣同永沢の各本人訊問の結果を綜合すると、訴外小島文吉は京埼燃料株式会社の販売掛として勤務中昭和二十八年七月頃被告榎原、同稲垣より又同年八月頃被告永沢よりそれぞれ本件石炭購入の註文を受けたが、その後右京埼燃料株式会社はその石炭納入を履行することができなかつたので、右訴外小島は自己が三京石炭株式会社なる名称を用いて原告より石炭を購入し各被告等に納入しようとしたが、原告会社は右の石炭が多量であるため信用上右訴外人個人えの販売を拒んだので、右訴外人は原告会社の外交販売員訴外川上欽治と協議の上、右石炭取引を形式上被告等と原告との直接取引である如く装うため右訴外小島は被告榎原、同永沢に対し先に註文した石炭の入荷を円滑にするためと称して自己が作成した原告宛右被告名義の石炭註文書に捺印させてこれを原告会社に提出し、又訴外川上も右取引が右被告等三名との間の直接取引である旨原告会社に報告しよつて右の如き形式を作出したものであつて結局本件各石炭取引は真実は原告と訴外小島との間に行はれたものであり被告等は右の石炭を更に右訴外小島より買受けたものに過ぎないことが認定でき、証人川上欽治、同浜口理作の証言並びに原告代表者本人訊問の結果は前掲各証拠に対比して措信し難く他にこの認定に反する証拠は存在しない。そうすると右被告等三名が本件取引の当事者であることを前提とする原告の右被告等三名に対する各請求は他の点につき判断をなすまでもなくいづれも失当として排斥を免れない。

以上認定したとおり原告の本訴請求はいづれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のおとり判決する。

(裁判官 西幹殷一)

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